#86 (後半)カリアゲの行方
(前回の続き)
カリアゲの後を追いながら、ぼくが取るべき選択肢を幾つか考える。
【1】 二人の幼女に、「後ろの男性は知ってる人ですか?」と尋ねる。
【2】 カリアゲに「こんばんは、何してるんですか?」と質問する。
【3】 「不審者がいます」と警察に電話する。
どれが一番いいのだろうか…
カリアゲの後頭部を見つめながら思いを巡らす。刈りそろえられている襟足はとても美しかった。
【1】と【2】に関しては、カリアゲが逃走してしまう可能性がある。追いかければいいのだろうがもし逃してしまった場合、カリアゲは再度、日を改めて彼女たちの後を追うだろう。その時にぼくがまた居合わせられるとは限らない。却下だ。
ぼくはスマホを取り、110番をかけた。
警察「はい、こちら警察」
長澤「すみません。何か事件が起きたというわけではないんですが、これから起きそうというか、不審者を見つけたので連絡しました。」
警察「なぜ不審者だと思われたんですか?」
長澤「これこれこういう理由です。」
警察「では、今どのあたりを歩いてますか?地名はわかりますか?」
長澤「いえ、ぼくもこっちの方には初めて来るので正直さっぱり…」
(長澤の心の声:かかってきた電話番号から位置を探る、逆探知的なことはできませんか…?)
警察「今どこ渡られてますか?」
長澤「橋、橋を渡ってます。」
警察「○○が見えますか?」
長澤「(あたりを見回し)…いや、ちょっとわかんないすね…」(逆探知的な何かを…)
警察「何か目印ありますか?」
長澤「あ、不審者が女の子を追って、マンションへ入って行きました!(早く!早く逆探知を!!)1階にドラッグストアがあるマンションです!」
その高層マンションはオートロックであったものの、ちょうど帰宅ラッシュの時間帯に当たったようで、大勢の人間が二箇所の入り口へと吸い込まれていく。20人ぐらいはいるだろうか。その人数が一度に入り口を通るため、オートロックはもはや意味を為していない。
警察「建物の名前はわかりますか?」
長澤「少々お待ちください。」(無能警官がぁ!)
ぼくもマンションに入り、幼女とカリアゲが奥のエレベーターホールに入ったのを見届けてから、ラウンジの女性にマンション名を尋ね、すぐに警察へと告げる。
警察「わかりました。すでに向かっておりますので。」
長澤「ありがとうございます!」(優しい!)
エレベーターホールには両脇に4基ずつ、合計8基のエレベーターが存在し、カリアゲ達が何階へ向かったかを特定するのは不可能であった。
警察官が来るまでの約10分間、ぼくは様々なことを考えた。
もしこの間にカリアゲが戻ってきたらぼくは追いかけねばならないのか…
もし、今こうしている間にも幼女達が襲われていたら…
警察署に逆探知の機能がなぜないのか…
答えの無い問いに思いを馳せ続けた。
体感時間はおよそ11分ほどだったろうか。
警察がいよいよ到着した。
「え、二人…?警察二人なの?たった??」
と思ったのも束の間、どんどんと後続が到着し、その数は最終的に8〜10人ぐらいに膨れ上がった。
到着した警官からぼくを質問攻めにする。
「どういうお子さんでした?」
「だいたい何才ぐらいでした?」
「なぜ不審者だと思われたんですか?」
「それはいつ頃ですか?」
「あなたは仕事何しているんですか?」
・
・
・
警察官がバラバラに到着し、到着した人からぼくに質問をする。
全員同じ質問をするので、ぼくの回答も当然、同一のものとなる。
いや、最初にぼくを質問攻めにしたあいつ!なぜ仲間に共有しない!
肩についている無線の役割!ホウレンソウ!!
「お帰りいただいてもいいですよ、詳細が判明したらお電話しますので。」と言われたが、冗談じゃない。どんな気持ちで家で過ごせというのだ。
「いえ、残ります。」
警察官は監視カメラをチェックし、1Fのフロントを走り回ったりと結構ばたついた。
その間、ぼくは捜査の邪魔にならないようにマンションの外で待機する。
あの少女たちは無事だろうか。
何かの事件に巻き込まれていないだろうか。
それとも未然に防げたのだろうか。
1時間後、マンションから出てきた警察官がぼくに向かって歩いてきた。
何かとても言いにくそうな事があるのが、表情から見て取れる。
警察「今、防犯カメラを確認しました。」
長澤「どうでしたか?」
警察「結論から申し上げますと、例の男は既にこの建物から出ていました。」
長澤「え!…そうでしたか……。」
警察が来てから出口をずーっと見張っていたぼくは驚いた。どこかのタイミングで見逃してしまったのだろうか。いや、もしかしたら、出口がもう一つあったのかもしれない。
陰る表情のぼくに、警察はさらに言いにくそうに喋り始める。
警察「あとですね…その男…」
長澤「…はい。」
警察「あの…、セコムの、人らしいんです。」
長澤「…セコム? あのセキュリティの?」
警察「はい、女の子の親御さんからも裏取れたんですけど、セコムさんのサービスでそういうのがあるらしくて…。」
長澤「幼女の後をついていくサービスが…?」
警察「語弊ありますけど。まぁ。そうですね。」
ぼくは愕然とした。
どう見ても不審者だったあの男が、実は不審者の脅威から守る人だったのである。
「あの男は不審者だと思いますか?」という街頭アンケートで100人に聞いたら100人ともが「Yes」に丸シールを貼り付けたにちがいないあの男が、である。
101人目がここにいた。
長澤「…だったら、腕章とか、何かそういうのを付けてくれれば分かったんですけど。」
警察「(苦笑い)」
結果を見れば、ぼくの勘違いだったのである。
この勘違い騒動は、ぼくと警察官 両者の苦笑いで幕を閉じた。
セコムの距離感研修をぼくは受けてみたいと思い、マンションを後にした。
(100%ぼくの勘違いだったにも関わらず、警察の方は「通報してくださって良かったです。これに懲りずにまた不審者がいましたら是非通報してください。」と言ってくださった。そうしたいのは山々だが、次またセコムでも怒らないでいてくれるだろうか。)
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