#52 前泊 in 京都

「長澤さん、ホテルに着いたら連絡ください。明日の打ち合わせをしましょう。」


タカラッシュのMさんからの連絡を、ぼくは金曜日の夜、京都へ向かう新幹線の中で受け取った。

新幹線の中はいろんな乗客のいろんな食べ物の匂いが充満していた。空腹時には食欲をそそられるが、夕飯を既に済ませたぼくにとっては気分を少々害するものであった。

Mさんに了解の返信を簡潔に済ませて読書に戻る。

今週の土日で行われた

国境なき医師団 × タカラッシュ

のイベントのMCをするべく、ぼくは京都へ向かっていた。

タカラッシュのスタッフの方々はすでに現地入りし、会場の設営などを済ませている。

読書用に持って行った本も読み終わり、ちょうど手持ち無沙汰となっていた21時30分頃、

ぼくは京都駅に到着した。

京都の澄んだ空気は、車両内に充満していたお弁当の匂いを嗅ぎ続けたぼくを、身体の内側から浄化してくれた。コンビニへ寄ったり、道を迷ったり、生き方を迷ったりしながら、ぼくは22:00頃にホテルに到着した。

ホテルのフロントには、”女は愛嬌” を地でいくような女性スタッフが。ぼくは彼女に言う。「長澤と言います。チェックインをお願いします」。利用が初めてである事を伝えると、翌日の朝食や夕食のとり方、大浴場やサウナの使い方などを懇切丁寧に教えてくれた。

「ふむ、なかなか京都の人もいいではないか。」

ぼくの中の京都株が爆上げである。

一通りの説明を終えた彼女はぼくにルームキーを差し出す。

357。

鍵についていた長方体の、薄茶色のキーホルダーに彫り込まれたこの数字がぼくの部屋番号である。

エレベーターでぼくは3階へ向かう。

(エレベーターは4基あり、ぼくはこのホテルの規模感でこの台数は少し大袈裟なように感じた。)

3階の廊下を歩く。

352、353、354、、、

357にたどり着く。

ぼくはルームキーを鍵穴に差し込みドアを開けた。

すると、そこにはもうすでに1〜2泊用程度の小柄なエメラルドグリーンのスーツケースが1つ、そしてソファの背もたれ部分には男性もののヒートテックのようなものが複数かけられていた。

ぼくはすぐに理解した。

タカラッシュのスタッフさんが、自分たちの部屋に入りきれなかった荷物をぼくの部屋に置いて、倉庫代わりにしているのであろうという事を。

タカラッシュさんのスタッフはいつも

「長澤さん、さっきの本番中、噛みましたよね?ギャラ下げていいですか?」とか

「長澤さん、本日もボランティアに精が出ますね。」とか言って積極的にクライアントハラスメントを仕掛けてくる。

今回もそのノリで、あらかじめぼくの部屋に彼らの私物を仕込んでいたのだろう。

本番中はハラスメントを仕掛けてくるものの実は本番が終わると皆さん人が変わったように優しく、かなりホスピタリティが効いてるタカラッシュのスタッフさんにしては、随分と攻めたボケをかますなぁと思いながらぼくは部屋を一旦出る。Mさんの部屋へ向かうためだ。

Mさんとの再会は約1か月ぶりである。が、積もる話も特にないので、早速打ち合わせを始めた。ぼくも一度参加者側としてこのイベントに参加していたので、国境なき医師団のどんな想いが詰まっているのかは理解していた。それを、このイベントを通してどう伝えられるか、というのを台本を基に考える。ミーティングが終わったのは23時半を回っていた。

M 「長澤さん、お疲れ様でした。」

長澤「Mさんこそ、お疲れ様でした。明日、よろしくお願いします。」

M 「こちらこそよろしくお願いします。」

長澤「ぼくの部屋にあった荷物は、明日までそのまま置いておけばいいですか?」

M 「・・・は?」

長澤「いや、スーツケースとか。」

M 「・・・え?」

長澤「ぼくの部屋に荷物置かれてますよね?」

M 「いえ、スタッフは各自部屋があるので荷物は管理しています。」

長澤「え、じゃああの荷物は?」

M 「知りません。我々は長澤さんの部屋に入っていませんので。」

長澤「・・・」


怖くなったぼくはMさんを連れて357号室へ向かった。

すると、ソファの上にあったのはぼくの荷物だけであり、さっきまで確かにあったはずの荷物は煙のように消えていた。

この時、ぼくと一緒に動揺するMさんの表情で、ぼくはこれがタカラッシュさんのドッキリではないことを確信した。そしてもっと怖くなったのだ。


続く。。。

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日本のインプロバイザー・長澤英知の公式HP。 インプロ / 俳優 / MC / ナレーターなどの活動を行う。

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