#41 アニマル
その日ぼくが憂鬱だったのは、朝から雨が降っていたからではない。
1人で動物園へ行かなければならなかったからだ。
演技のメソッドの一つとして、”アニマルエキササイズ”というものがある。役の登場人物に近い動物を見つけ、その動物の特徴を身体的に落とし込む事で、自分以外の人間を演じるのに役立てようというものである。今回の役に合う動物を見に、その日は動物園へ行こうと決めていた。
ぼくは動物園が好きではない。理由は2つある。
1つ目は園内の動物たちに元気が無いという事。同じところをグルグル歩きまわるゴリラや、アバラが浮いている虎、ケツを向けっぱなしの象。毎日同じところに閉じ込められて気が狂うなという方が無理である。檻に閉じ込められたそんな動物たちを見ていると可哀想に感じてしまい、こちらも気が滅入ってしまう。
2つ目は、臭いこと。獣の臭いなのか、糞尿の臭いなのか判別はできないが、とにかく臭いのである。そんなに臭くて君たち恥ずかしくないのか?ってぐらい臭い。あの鼻をつくにおいを嗅いだ後であれば自分のオナラぐらいなら「え、柔軟剤変えた?」とか言って深呼吸できそうなものである。
多摩の方にも動物園があるという情報を仕入れたぼくは、いつもの都内の園ではなく少し足を伸ばしてそちらへ行こうと決めていた。
誰に会う予定もないため、髪も髭も伸ばしっぱなしのボッサボサで野暮ったいまま家を出る。遠くからぼくを見た人は、ぼくを浮浪者だと勘違いしたかもしれないし、近寄って見てそれが間違いじゃなかったと確信するかもしれない。それほどまでに外見に気を使う事が出来ないぐらい、動物園へ行くモチベーションは低めだった。
電車でちょうど一時間、僕は多摩動物園駅に降り立った。
雨のせいか、それとも午前中だったからか、ぼくの他には親子が一組いただけで、人混みの嫌いなぼくにとってそれは唯一の救いであった。
(続く)
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