#27 誰からの依頼であれ

数日後にMCとして本番を迎えるイベントのリハーサルであった。

「一回噛むごとにギャラ減らしていきますね。」

タカラッシュのスタッフ・S氏は毎回こう脅しをかけてくる。

「ただでさえ雀の涙なのに?」とぼくは皮肉る。

数年の付き合いで良好な関係を構築できている。

そのS氏が今日はいつになくシリアスであった。

「今回のクライアントはあらゆる面で高水準のものを求められてます。本日のリハのクォリティ次第では、長澤さんがMCじゃなくなる可能性があります。クライアントから「あのMC替えろ」と言われた場合、ぼくらには長澤さんを守る術が無いのです・・・。」

お前今日ヘマしたらクビだぞ、というわけである。

なるほど、上等じゃないか。それでもぼくのやる事は普段と何も変わらない。お客さんとクライアントの満足度を上げる為にできることをやるだけだ。お客さんと真摯に向き合い、少しからかいながら、台本の世界観やルールを伝える。時々笑いを取ることも忘れてはいけない。普段通りの事をやる。背伸びをしても綻びが出る事を経験則で知っているぼくは決して無理をしない。無理は余計な緊張を生み、良い結果をもたらさない。自分の持てる能力で戦ってそれでダメならダメなのだ。いつか成長してまたチャレンジすればいいだけの話だ。

と開き直っていたつもりだったが、蓋を開けてみると序盤から噛みっ噛みであった。一度噛むごとに客席後方で待機しているS氏の顔が曇る。曇る曇る。屋内で積乱雲を目撃できたのはぼくが初めてしかもしれない。噛めば噛むほど味が出るスルメも真っ青になるほどぼくは噛み倒した。


なんとか本番を終える事ができ、ぼくはフィードバックを待たずして帰路に着いた。

結果から言うとMCは変更しない方向であるとの事。首の皮一枚繋がったようである。

ぼくの計算では、今回の噛みっぷりだと交通費はギリギリ出るはずだ。

ぼくは隣駅で降りてそこから歩いて帰った。 




*長澤が噛り付いた発泡スチロールで作成された小道具のリンゴ*

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日本のインプロバイザー・長澤英知の公式HP。 インプロ / 俳優 / MC / ナレーターなどの活動を行う。

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