#17 高校へ
大学時代の友人が繋いでくれた縁をきっかけに、高校生と芝居で遊びあう機会を得た。それについては後日詳しく書くとして、遊びの内容は以下の通りである。
1.<台本を作る>
学生たちが1クラス6班程度に分かれ、国語の授業の題材として扱った夏目漱石の『こころ』を、それぞれの班で3分程度の台本にしておく。この台本は生徒達の手によって作られる。人数は班によってバラバラで、少ないところは4人、多いところでは10人規模になり、台本に新しい登場人物を追加する事で調整が必要となる。追加する登場人物は『こころ』に出てきた役である必要はなく、自由に決める裁量が生徒達に委ねられている(極端な話、サザエさんや鉄人28号が出てきても構わない)。
2. <上演する(長澤に絡まれながら)>
その台本に沿って芝居が始まった後、その台本に書かれていない役で長澤が入ってくる。特別な指定は何もされていないため、自由な役柄で入り、登場人物たちと絡む。
3.<チェック>
異物の存在である長澤に対して、学生たちがどう臨機応変な対応ができるのかを先生がチェックする。
(こちらの先生が今回のクライアントである。人格者だ。)
(国語の授業の延長で)想定外の出来事に晒された時に対応できる力を育てたい、というのが先生の狙いであるとの事だ。インプロととても相性のいい話である。
1.の工程で作成された台本は数日前にぼくに郵送されており、当然目を通している。
ぼくはその台本を読みながら、
「ここはこういう役で入れば面白いな」とか、
「このくだりは生徒側の見せ場だから、邪魔しない方がいいな」とか、
「逆にここを活かすために、前のシーンでこういうくだりがあれば引き立つか」と
妄想を膨らます。
高校生相手だからと言って妥協はできない。送られてきた台本は短編ながらも、なかなか興味深い仕上がりとなっているのだから。
そして、本日初日である(全部で3日間ある)。
教室で先生と最終ミーティングをしていると、前の授業を終えた生徒がちらほらとやってくる。軽く緊張しているのはお互い様だ。ここは年長が一歩踏み出さなくては、と声をかける。
「こんにちは」と言うと「こんにちは!」と言う。
「おはようございます」と言うと「こんにちは!」と言う。
「よろしくねー」と言っても「こんにちは!」と返ってくる。
金子みすゞも困惑するほどたくさんのこんにちはをいただいた。
生徒たちが続々と集まる中、一人の男子学生が教室へ入ってくるなりぼくの方へ歩み寄ってくる。
この時点でぼくはまだ学生達への挨拶が済んでいなかったが、おそらく先生から
「今日の授業はゲストが来る」
という連絡を受けており、そのゲストがぼくだとあたりを付けているらしかった。
彼は、ぼくのもとに来るなりこう言った。
「どうします?」
???
会話のジャブなど一切不要と言わんばかりの、本題への入り方。
しかしぼくにはその本題がわからない。
何をだ?何を「どうします?」なのだ??
その言葉とは裏腹に、とても自信に満ち溢れている彼の様子がさらにぼくを困惑させ、なんと答えたらいいかわからなくなっていた。
「どうします?」
返事に戸惑っているぼくに、彼は1回目と同じトーンで尋ねた。
「早く本題のあの話ししましょうよ。」と言っているように聞こえたが、ぼくには何のことか見当さえついていなかった。
彼からは自信だけではなく威圧感さえ感じたかもしれない。
目の前の彼は何をどうしたいのだろう。。。
「ここのこいつら、どうします?俺がチョチョイと掃除してやりましょうか?」
サイヤ人顔負けのそんな二の句が継がれてもぼくは違和感なく受け入れていたと思う。
ぼくは彼を心の中で "ナッパ" と命名した(髪フッサフサだったけど)。
「え、なにを?」
ぼくの問いに、ナッパはこう答えた。
「ぼく、役無いんです。どうします?」
「???」
再び困惑した。
話を聞いてみるとどうやら、彼の班が作成した台本に彼の役が存在しないらしい。
「えっ、今日急に参加したってこと?今までずっと授業休んでたの?」
「いえ、ずっといました。」
ずっと台本作りに関わっていたにもかかわらず、彼の役は用意されていないというのだ。授業ってなんだろう。自由ってなんだろう。即興ってなんだろう。この小さき戦闘民族の前では全てがどうでもよくなってしまった。
「そっか。わかった!じゃあ一緒に即興やろう。」
「はい。」
「じゃ、また後でね。」
「え、今決めないんですか?」
「うん、君の班が始まる直前にちょっとだけ打ち合わせよっか。」
「わかりました。あ、でもさすがにどんな役をやるのかは
事前に言っておいてもらわないと。」
事前に準備できる時間がしこたまあったであろうナッパの言葉とは思えず、ぼくは自分の鼓膜を破る事にした。鼓膜なんかがあるから戦争が起きるのだと自分に言い聞かせた。
結局はナッパの班では、彼と一緒の役を演じる事で事なきを収めた。
たくさんたくさんナッパは笑っていた。ベジータぐらい笑っていた。
そしてナッパを始め、高校生のみんなは輝いていたように思う。
人前で演じる緊張や恐怖を、みな一様に理解・共感できた事が素晴らしい経験になってくれれば嬉しい。先生の思惑とは少しズレるけれども。
今日の授業が少しでも彼らの人生に何かしらの影響を与えるのであれば、非常に喜ばしい事である。今日の彼ら、彼女らの笑顔がこれから先、悲惨な事件で曇ることのない事を結構本気で願う。
帰り際、「何かやってないんですか?」と聞いてくれた生徒がいたので公式HPの存在を教えた。HPを通じていろんな人がぼくに興味を持ってくれれば作った甲斐があると思った。
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