#10 似てると言われただけなのに
中学校に入りたての頃である。
ぼくの担任は甲斐先生という女性の教師であった。
卵型の顔の輪郭に沿わせるように整えられた黒髪のショートカットや、中学生とほぼ変わらない目線で話せる身長。野暮ったい外見とは裏腹に挑発的な大きい胸とくびれ。そして黒縁メガネの向こうに見える下がった目尻と大きな前歯はビーバーを彷彿とさせた。
旦那や2人の息子と共に毎週少年ジャンプを読んでいるらしく、ワンピースやジョジョなどのネタで生徒と一緒に盛り上がることのできる豪放磊落な彼女を嫌う生徒はいなかった。
彼女の受け持ちは英語で、下唇を上の歯で噛んで発音する "V" に対しては並々ならぬこだわりを持っており、VolleyballやVictoryなどVを含む単語の発音をする度に、前列の席の生徒たちの机には甲斐先生の唾が飛び散っていた。「また甲斐汁が飛んだ」などと男子生徒はゲラゲラ笑い、「ごめんねー唾飛ばして!」と甲斐先生にまっすぐ目を見て謝られると、唾を飛ばされた生徒も照れ笑いを浮かべて許してしまうのであった。
ぼくたちのクラス36名の生徒は皆、彼女を慕っていた。
(そしてとっておきの余談だが、甲斐先生の旦那さんはトランクス派ではなくブリーフ派だ!!)
給食の時間になると席の近い6名がそれぞれの椅子と机を合体させ、1つの "島" を築くのがルールであった。
この "島" が6個形成され、甲斐先生は一緒に給食を食べる "島" を日替わりで渡り歩くのだ。
その日、甲斐先生はぼくがいる "島" で給食を食べていた。
生徒たちと甲斐先生がマンガやテレビの話で盛り上がる。友達は皆、甲斐先生を近所の優しいお姉ちゃんであるかのようにしてお喋りをしていた。一方ぼくは、当時思春期を迎え始めたばかりという事もあり、日本で一番シャイな中学生であった。にも関わらず、甲斐先生と楽しく話す友を見て「まだ小学生気分が抜け切れていない餓鬼め・・・!」と、プライドだけは高いという困ったちゃんであった。
そんな斜に構えたぼくの気持ちを和らげようとしてくれたのか、甲斐先生はこう言った。
甲斐「長澤くんってさ!あれに似てるよね!」
長澤「え・・・なんですか?」
甲斐「なんだっけ!ほら、あれ!あの人!○○って番組に出てる・・・ほら、ジャニーズの」
島の女子「・・・ま、松潤?」
甲斐「そう!松潤!そっくりだわ〜!」
ぼくの顔面に視線を投げた直後、すぐにアイコンタクトを交わす島の女子たち。
島の女子1(え・・・似てないんだけど)
島の女子2 (言った方が良くない?全然似てないよ)
島の女子3 (でも長澤くんって言っても大丈夫なタイプ?傷つきそうじゃない?)
島の女子2 (傷つけていいんじゃない?)
島の女子1 (うんうん、松潤のニセモノなんて万死に値するよね)
学ランの襟足あたりにフケが溜まった出っ歯の中学生が、人気グループ・嵐のいちメンバーに例えられた事を許せなかったのか、島の女子はこう言った。
「全然!似てません!!」
それはもう「甲斐先生の目って節穴なんでしょう!?」と言外にしっかりと込められていた。
あまりの声の大きさに驚いた他の島のメンバーも、こちらを注目している。
ぼくは恐怖で震えた。あと数分、いや数秒のうちにクラス中であるやり取りが行われるに違いない。
「え、なに?何の騒ぎ?」「なんかあの女子が怒ってるんだよ」「え、なんで怒ってんの?」「甲斐先生が長澤に、松潤に似てるって言ったらしいぜ?」「え、そりゃ怒るだろ。仏でも一度で怒るわ。だって似てねーもん」「松潤バカにすんなよ、長澤」
ルフィも承太郎も助けてくれないその境遇を生み出したのは、他ならぬ甲斐先生であった。
その日から甲斐先生を慕う生徒は1名減って35名になった。そして甲斐汁を本気で嫌がりながら避けることで甲斐先生を傷つけてやろうという、日本で一番性格の悪い中学生が誕生した。
ぼくの嵐にまつわるエピソードはこのくらいですが、全力で応援しています。
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