#8 一円の価値(後編)

「1円持ってませんか?」

ボビー (偽) に尋ねられたぼく。

「持ってませんか?」は当然、「持っていれば貸して欲しいんです」と同義語だ。

ぼくは口角を上げ、無言で小銭入れから取り出した1円玉をボビー (偽)に渡す。

その1円玉で会計を済ませる事が出来たらしい彼は「ありがとう!」と満面の笑みで軽くぼくの肩をポンポンと叩いて去っていった。その笑顔たるや「今日は好きなだけキャベツ食べていいよ」と母に言われた幼少期のぼくのそれと完全に同一であった。

(説明します。幼少期のぼくはキャベツが好きすぎて「大きくなったらキャベツになる!!」と公言していたのです。そして今、夢を叶えた31歳のぼくがいます。感謝。)

貸した1円は戻ってこない。つまり笑顔を隠れ蓑にした立派なカツアゲ行為である。

それを目撃していたスピードちゃんもバランスさんも、視線を宙に漂わせる事で 「我関せず」の意思表明をしていた。

意気揚々と店を後にしたボビー (偽)、部外者アピールが堂に入っているスピード&バランス、一方ぼくは、、、自分でも意外ではあったが、「1円返ってこないのね」とモヤつきこそしたものの「まぁいいか。1円であの素敵な笑顔が見れたのだから」とすぐに反転し、むしろ気分は高揚していた。


ここでぼくは考える。

1円でなければどうなっていたのだろう。

「1円持ってませんか?」が「10円持ってませんか?」だったらぼくは差し出しただろうか。

「500円持ってませんか?」だったら?

「1,000円持ってませんか?ワタシ1万円持ってるんですけど崩したくなくて。」だったら?

答えは「No」だ (キーファー・サザーランドの声で脳内再生していただくとかっこいいです)。

ボビー (偽)には借りる理由があるがぼくには貸す理由が無い。あるとすればせいぜい断った時に生じる良心の呵責ぐらいだ。今回は

良心の呵責 > 1円

だったため、ぼくは彼に1円をスムーズに渡せた。10円でもまだ渡せる。100円でもいけるかもしれない。300円だと難しい。「どうしてもそのパン今食べなきゃダメ?」と質問返しをしてしまうのは避けられないだろう。つまり彼の笑顔はぼくにとって1〜299円の価値ということになる。

と考えれば、今回1円で彼のキャベツスマイルを購入できたのは非常にお買い得であったと言えるのだ。

 "おやき" を遥かに上回るコスパであった。

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日本のインプロバイザー・長澤英知の公式HP。 インプロ / 俳優 / MC / ナレーターなどの活動を行う。

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