#7 一円の価値
朝、電車を使う場合、必ずと言っていいほど立ち寄るパン屋がある。
パンの種類が多いわけではないが、その代わりに焼きあがったばかりの温かいパンを提供してくれる。お客さんが少なくレジもスムーズで、少し値段が高い事に目を瞑れば非の打ち所のないパン屋である。
今朝もそのパン屋に立ち寄った。
入店すると、芳醇でモチモチした生地の焼きたてパンを想像させられてしまうような香りに包まれる。「いらっしゃいませ」代わりのご挨拶である。
具材が入ったパンを薄く焼く ”おやき” と呼ばれるパンがぼくの今のマイブームであり、本日の目当てもその "おやき" であった。
”おやき” はいつもの定位置にドカンと居座り、今日も他のレギュラーパンの追随を許さないほどの圧倒的存在感を主張しているようにぼくには見えた(個人差あります)。
「只今焼きたてです!!」と書かれたプレートが更に "おやき" の魅力を高める。
中にぎっしり具が詰まっている事がトングを通して伝わってくる。重い。腱鞘炎になるリスクと引き換えに "おやき" を自分のトレーへ乗せる。
そのお店にはレジは2台。店員さんも2名で、10代後半の女の子と40代そこそこの女性である。
10代後半の女の子の方は、愛嬌こそ無いものの若さゆえの反射神経と疾走感でレジを淡々とこなしていくスピード型。
40代そこそこの女性の方は、こちらも愛嬌こそ無く、かと言って特筆する事項も特にない、そういう意味でのバランス型。
スピードちゃんのレジにはすでに先客がいたので、ぼくはもう一方のバランスさんのレジへ。
レジ前に置いてあるコーヒーと一緒に "おやき" を会計台へ。
バランスさんは今日もやはり愛嬌を家に忘れてきたらしく、淡々とおやきとコーヒーの価格を読み上げる。「パンとコーヒーは別の袋にしますか?」という問いに対してぼくが「いえ、一緒でいいです。」と答えるやり取りを何十回、何百回としてきた経験がある為、今ではそのやり取りも形骸化しており、「別?」と聞こえるか聞こえないかの声で尋ねてくるようになった。「一緒でいいです」というぼくの返事を待たずに、すでにパンとコーヒーは同じ袋に入れられていた。
問題はここで起きた。
スピードちゃんのレジで会計をしていたお客さんがぼくの肩をトントンと軽く叩いてきた。顔を上げると、そこには黒人の男性が。
彼は背がぼくより5cmほど高く、黒髪の短髪。赤いリュックサックを背負っていて、”清潔感のあるボビー・オロゴン” というキャッチフレーズが自然にぼくの頭の中で生まれていた。
ボビー(偽)はぼくの瞳を真っ直ぐに見てきてこう言った。
「1円持ってませんか?」
#8 へ続く。。。
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